ユニット「たつとり」卒業公演
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みんなをまとめる、とか、リーダーとかそういう立ち位置は、
中学1年生以来、徹底的に避けてきたつもりだ。
もともと、様々なことに口を挟まずにはいられない性質が、立場と権力を持ってしまうと
酷くいたたまれないことになるのが自分でもその頃までにはわかってきていた。
(飲み会の幹事すら避けに避ける始末。)
だから今回ユニットを立ち上げるのにも、演出をするのにも酷く抵抗がありました。
単純に自分の嫌いな部分が暴走しだすのが怖かったのです。
三年前の夏 2008年の9月に、とあるスタジオの公開講義を聴きに行った。
講師は、映画『黄昏』(アカデミー賞主演男優賞・主演女優賞・脚本賞受賞作品)の監督でありNY Actors Studio の芸術監督でもあるMark Rydell氏。
*以下その日の私の日記の引用*
NYのActors Studio 及び Neighborhood playhouseは、私が思うに演技の学び舎の最高峰。
(↓映画のなかで私が最も好きなシーンがこちら。)
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四時間近くに及んだあの講義を、私はこの先一生忘れることは無いと思う。
思っていることの1/3もうまく言葉にできなくて苦しい。が、わたしだけのものにしておくのはあまりにも勿体無いと思うので、書いてみる。
Mark Rydell氏は
監督とは「優しい父親のようであるべきだ」と繰り返し言っていた。
"監督(演出)として成功したければ、まず演技を学ぶこと。
オーケストラの指揮者が、オケに参加している全ての楽器についてそれ ぞれの楽器がどうやってどんな音を奏でることができるか完全に把握 しているように、監督も、役者がどんな風にどんなことができるかを出来うる限り把握していなければいけない。
大切なのは、「架空の状況における真実のふるまい」である。役者として心の琴線に触れようとすることがどういうことなのか、自らが知っておくことはとても重要だ。
演技をするには、とてつもない勇気がいる。何百、時には何千人もの人に自分をさらけ出すことは当たり前にとても恐ろしいことだ。
監督は、役者が求めるもの全てを彼らのために用意してやり、ともに考え、支え、勇気付け、行くべき道を示す父親のようでなくてはならない。信頼されなければならない。"
今まで、舞台に立とうとするたびに味わった喜びと背中合わせの恐怖
初めての舞台裏でなんどもしゃがみこんで泣いたこと
"やりたいできない怖いこのままじゃだめきっとできるやれるでも"
役者として芝居に一度でも関わったことのあるひとならきっと見に覚えがあるだろうそんなふうな葛藤を、「I Know(わかるよ)」という一言で柔らかく包み込まれて私はいつの間にか泣き出していた。
一つ一つの質問にでき得るかぎり真摯に丁寧に答えようとする彼の言葉には受け手側を想う温かみと理解尊重しようとする姿勢に満ちていて、何故この人が人の感情という繊細きわまりないものを扱う職業に就いてすばらしい功績を残しているのかが垣間見えた気がした。
役者を目指すものに向けるアドバイスとして彼が贈ってくれた言葉
(正確でない部分があるかもしれませんが、ご容赦下さい)
You have to be very brave to be an actor/actress.
We have eveything in us.
You need to know what you want. /You should know why you want it./Then, you need to do everything to get it.
(前後のお話とあわせた意訳)
・勇気を持つこと
・全ての感情の種を私達は自らの中に持っているということ
・自分が "何を求めているのか" "何故求めているのか" を知らなくてはならない。それがわかったら、なんとしてでもそれを手に入れなければならない。
・頑固でいいのです。全世界を敵に回してでも、自分を信じてやりたいと思うことを追い求めなさい。
***
「最後に、役者になることを夢見る人々にいつも私がいう一言がある。」
と彼はマイクを取ってゆっくりと話し始めた。
「『人生の中で、どうしても、なにをおいても、それ(芝居をしていくこと)が一番大事だ』と思えないのであれば、役者になることはやめなさい。役者はそれほど辛く大変な仕事である。役者とは、毎日毎日人々に否定されつづける仕事なのだ。まずは強い意志をもつことだ。」
私の拙い訳ではなんとも伝えにくいのだけれど彼は”Life or Death"という言葉を使っていて、つまり生きるか死ぬかというほど演劇を欲しなければやめた方がよいという心が痛くなるようなアドバイスだった。
ゆっくりと言い含めるようなな静かな声を聞いているうちに
先日の日記でも紹介した カモメに飛ぶことを教えた猫 の最後の一ページの一節が頭を過ぎった。
"飛ぶ事が出来るのは、心の底からそうしたいと願った者が、全力で挑戦したときだけだ"
知っている。
だれだって知っている。
芝居というわけのわからないものに一度でも自分なりの真剣さをもって関わったことのある人ならきっと誰でも知っている。
片手間での求愛で振り向いてもらえる程、お芝居の神様が軟派ではないことぐらい。
でもこうして時折強く意識して思い出さないと、だれしも初心を忘れてしまうものだとも思う。
いつもなんどでも問いかける問い直す
私は生きるか死ぬかというほど、本当に演劇が好き?
****
後半には、スタジオの生徒さんが
音響効果も照明も装置もほとんどなにもない素舞台でテネシーウイリアムズの戯曲からのワンシーンを演じて見せてくれた。
すばらしいと思ったし、感動した。
「演劇は、確かに、人の心に働きかけることができる。」
そのことをいまいちど心から思い知ることができたのが、もうひとつのかけがえのない収穫。
演劇は、確かに、人の心に働きかけることができる。
************引用ここまで***
それが3年前の9月
そして、ひょんなことからそのスタジオの夜間コースに通い始めたのが去年の5月
そして今年の4月から、私はそのスタジオの昼間のコースの正規メンバーになることを許された。
縁とは不思議なものであるとつくづく思う。
自らの言葉どおり、私はこの3年間、彼の言葉を忘れたことは一度もない。
今も。
リーダーってのは大変だ。
だって責任がある。
リーダーってのは大変だ。
だって、プレッシャーもある。
やることだって沢山あるし、決めなきゃらないことだって山積み!
知ってはいたけど、思い知ったね。
そして演出やってきた先輩や同期をほんと心から尊敬した。ほんとにすごい。
人間だもの、だれだって思い通りに動いてくれないのはあたりまえで
みんな味方なんだけど、一人で悩みあぐねて不安になってキーキーしてしまう悪しき習慣
挙句立ち往生して身が竦む。
総括でやると決めてから、本当に些細なことで、しょっちゅうやってくるそういう瞬間から脱却するために、わたしはこの言葉を呪文のように唱えることにしている。
「監督は、優しい父親」
まだまだ難しいけど、爪の垢を煎じて呑むつもりでがんばります。
キーキーしてたら、耳元でそっと「マーク・ライデル」と囁いてやってください。笑
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